15.私は妬んでいる

 

過去を振り返ったり、他人の過去・つまり生い立ちみたいなことや、息するみたいに普通に与えられた環境を羨むことが多い。

 

東京で電車に乗ってると、コートや帽子まで品よく・高そうな制服を身にまとって黒いランドセルをからった子どもたちや、私立の匂いを撒き散らしながら佇む年頃の少年少女たちを目にする機会も多い。

 

「いいな~~~ 金持ってんだろうなあ~~親。」
よくテレビで見るような、そんな家庭ならではの生き辛さみたいなものを一旦窓の外にぶん投げたうえで、そんなことばかり思う。

やり直したいな。
そんなことをよく思う。

 

「将来の夢」を持たなくなってどれくらい経つだろう。
小学生の頃、私は何になりたかったのだっけ。”お嫁さん”じゃなかったことは確かだ。

就活前は明確に行きたい企業名と、そして「上京する」という、きちんとバイネームにまで落とし込んだ夢を持っていた気がする。それが半分だけ叶った状態で社会人になって、その次はなぜか「 ”28歳”って楽しそうだな」と思っていた。

入社後、あの職につきたいだとかリーダーになりたいだとか、賞をとりたいだとかの進路および将来の夢(と言うにはだいぶ視野が狭いが)を持つこともなく働いていた中で、なんとなく間近にいた ”余裕のある” 女の先輩たちが28歳付近だったということもあり、「なんだかくすぶった20代を送っているわけだが 28歳頃になれば楽しいんだろう」というそこはかとない希望を持っていた20代前半だった。

 

いざその、憧れの”28歳”になってみればなんてことはなく、君がくすぶった今を送っている延長線上にしかその28歳はおらず、何を期待しても無駄だぞ、と一声あの頃の自分に声をかけたい。

最後の希望・目標・夢だった「将来」、そんな28歳を過ぎてみればそこから私の想像の範疇、夢を見れる範疇である「将来」なんてのは一旦ストック切れしてしまって、そんな折からどうにも「将来の夢」なんてなくなったように思った。

だからこそ余計に、過去に執着してしまうような気がする。
やりなおして、生き直したい、そんなことを思ってしまう。これこそ報われない人生逆行であり、過去に戻れることは決して無いと結果が決まっているのにその逆行の新幹線の乗車チケットを券売機の前でずっと待っている。

 

今日も電車で楽しそうに談笑する気高き紺の制服を着た少女たちよ こんな大人にならず、私の代わりにキラキラした人生を歩んでくれ、などと見知らぬアラサーから希望を託されていることを、彼女たちは気づきもしないんだろう。

 

Scroll to top