22.ダメな日

どうにもダメな日って、ある。

“日”どころか”週”、あるいは”月”になりそうなくらい、泥のような日々を過ごしている今日このごろだ。

 

知り合いが某メンタリスト先生に最近ハマって課金しているようで、そこでの学び(生配信)をときどき私にシェアしてくれる。どうやら人間は、身体・お金・恋愛の3要素のいずれかでも満たされている、もしくは自分でコントロールできる状態にある、と精神が安定するらしい。

なるほどな、と思った。
去年私は、副業に精を出しており例年にないくらい金銭的に余裕があった。恥ずかしいので補足しておくが世間的に見て決して稼ぎは多くない、が、例年の自分の給料にいくらかでもプラスがあれば人は大変に余裕を感じるものだ。

去年の私は、そういった意味で前述の3項目のうち「お金」に関してはある程度、脳みそのキャパを分け与えなくても済んでいたため、将来どうしたいか(フリーランスいいなあ)や、このまま搾取されるより東南アジアへ移住したいななどの移住計画や、キャリアアップのためにはやっぱり語学だよな、など少なからず”前”に進むエネルギーと・思考と・行動をとりやすかった記憶がある。

本業(会社員)の仕事も慣れてきた頃で余裕が少なからずあった。

 

一方、現在は去年まで付き合いのあった取引先と取引が終わることや、別の取引先がサービスを畳むなどあって副業のツテが無い状態に。まあ副業で体力面で疲れていたこともあったししばし休息も兼ねてゆったり過ごそうくらい思っていたら、やっぱり”次”へ進むエネルギーは生まれるどころか底辺近くでぐずぐずと泥のように揺蕩っている。

 

元来、家族以外の他者が自分のテリトリーに入ってくることが苦手な私が”恋愛”を満たすことは難しく、同時にデブスである私が”身体”をコントロールできる・満たされるなど思うことは1000年に1度の奇跡なわけで、また自分の前向きでシンプルな思考に戻るためにはやはりこの”お金”を満たすしかないようだ。

去年はもう少し、前進すること・環境を変えることに前向きだったのに、最近は「現状維持」。
なんかやって、なんか変わるんだっけ?という後ろ向きな思考。

 

年齢も絶妙な一番悩む年齢(主観)となった。
30代になった自分を想像すると、若年至高強迫観念の中で生きてきた自分からすると、1日ずつ向かう先にある30代~に近づくしかないのに、これからなにかやる気か?30代ってだけで価値下がるのになにか足掻いて意味あるか?と自分自身に呪いをかけてしまう。

 

がんばらない・がんばれない・がんばらなくていい、そう思うための理由はあまりに多すぎて、自己肯定感を母親の胎に忘れてきた自分はいとも簡単に自分で自分の足を引っ張る。「今日はもういいよ、明日がんばろう」、これを毎日繰り返して、がんばる”明日”は一生来ない。

 

“明日からがんばるため”の語学の参考書やその他教材が机に積まれている。
明日の私がそこから1冊でも取り出して・開き・ペンを持つ想像が、全く出来ずにいる今日の私。

 

 

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