今更ながら、「益田ミリ」氏の漫画エッセイにハマッている。
きっかけは「夜空の下で」という文庫を買ったこと。そのまたきっかけは、インスタを何気なく眺めていたら知人が読んでいるらしく、投稿に添えてあった知人の簡素な感想文の内容も相まって、気になり購入してみた。
もともと宇宙の話が好きで、ただしそのわたしの指す「宇宙」とはビッグバンや壮大な宇宙の歴史や学術的魅力ではなくて、ふと自分の生活の中で宇宙を感じる瞬間というか、半径5m圏内あたりで我事として感じられる、「宇宙」が好きなのだ。
どういうことか?つまりはたまに星を見上げて「この星はつまり数千年前光っていたその星の光を見ているわけだよな、いまたしかにあそこに私は星(の光)が見えるけど、もう”今”はあの星は存在しないのかもしれないんだよな」というレベルの「宇宙」が好きなのだ。
こういう”なにげない宇宙(ウンチク)”好きは、その”好き”を膨らませようとしても、適した書籍に合わないのだ。本屋の「宇宙」棚に行けば本はたくさんあるが、どれも壮大な宇宙の話、もしくは星座の話。ちょっとおセンチになりたいときに浸れる”ちょっとした宇宙”についての本は(見つけきれて)ないのだ。
---と、脱線も甚だしいが、結局はこのミリ先生の夜空の下で、はまさにそんな日常にひそむ”なにげない宇宙”をテーマにされた本で、面白かった。そして絵柄と雰囲気が妙に気になってしまって、文庫サイズの本に限りながらAmazonで何冊もポチって、いま少しずつ読み進めているところだ。
ベースは、コミックエッセイ。
なのですらすら読んで30分もあれば1冊読んでしまうこともある。
その中でも人気(らしい)のが、この「すーちゃん」シリーズ。(サムネ参照)
おそらくこのすーちゃんが主人公の作品は3冊ほどあるのだが、わたしも、好きだ。
すーちゃん。
30過ぎの、雇われカフェ店長、薄給、独身。
その友達としていつも「あーいるいる、」と思えるキャラクターたちが何人か登場しつつ、すーちゃんが日々生きていく何気ない話を漫画として描かれている。
実は勝手に、夜空の下でを読んだとき、これは今流行りのミニマルな絵のタッチだ、同年代の作者だろうか、くらい思っていたのだがまさかのミリ先生は1969年生まれで、すーちゃんの初期作品の初版は2009年。いまや立派なアラサーの私がバリバリに学生してた頃。
実はこれを知ったのはすーちゃんシリーズをポチった後で、このシリーズはアラサー独女の話と知って買ったが少し後悔した。なぜなら”今”のアラサーと、10年以上前のアラサーは、生活スタイルも違えば、価値観・悩みも違うだろうし、共感できないのでは。と。
杞憂だった。
結局、私が今回の投稿で何を言いたいかというと「今も昔もアラサーの悩みとアラサーをとりまく環境とアラサーの思考回路が変わらねえ(進歩もねえ)」ということだ。
結婚に対する考え方も一緒、
憧れるものも似ている、
男への価値観や違和感も似ていて、
嫌なことも、同じだ
私はちいさな文庫の中に、10年前のアラサーを見ている。すーちゃんが実年齢ならもうアラフィフ近いだろうか。私はすーちゃんシリーズを読むと、誰かの(すーちゃんの)”その頃”の人生をのぞき見しているような気持になる。コミックエッセイなのでリアリティを感じるのは間違いないのだろうが、すーちゃんを読むときはいつも紙とペンの上ではなくもっと奥に、1人の女性の存在を感じる。
そして、50歳の大台が見えてきているだろうこのすーちゃんが、幸せに暮らしていればいいなと、思う。私はもうすこし、あなたがアラサーだったころのように、足掻いてみようと、思う。