大人(年齢的な意味)になって、”勉強”が好きになった。
その理由は明らかで、望みもしないのに・そしてこの先を知りたい、学びたいという好奇心もないのに・毎日1から10まで浴びせられる5教科と、自分の意志で学びたいと思う事柄を学びたい範囲だけ、学びたいレベルと速度で学べる勉強とでは同じ”勉強”でもおおいに意味が違うからだ。
大人になって学んだこと、あるいは学生時代に習ったけれど学び直ししたこと、はいくつかある。
JavaやPHPやHTML、CSSなどは大学時代に触っていたはずなものの、この学び直しで「ああそういうことだったのか」と理屈がわかることも多かった。
一方で一番時間と、お金を費やしているのは語学だと思う。
成人してからしばらく経った。
これだけの時間を勉強に費やしたなら今や3ヶ国語くらいペラペラでは、と思われるとかなり困る。三日坊主で飽きる、をこの10年間ほど繰り返してきただけだ。でもたしかにその3日間は”楽しい勉強”の日々だった。
英語は、もちろん学び直しにあたる。
これこそ授業ではSVOが~とか過去完了は~~など、どこか数学的(方程式)に叩き込まれ、一切理解出来ずに終わったようなところが、この20歳過ぎてからの独学では、暗記型ではなくて感覚として、過去形にしないと違和感だ、というような理解が出来るようになった部分が多い。
新しく学び始めたものといえば、韓国語。
学生時代、周りにあれだけK-POPファンや韓ドラファンがいたにもかかわらず、見向きもしなかった自分が、社会人生活開始と共にK-POP沼に入ったことがきっかけで、学び始めてみた。
どうせすぐ飽きて終わるだろうと思っていたが英語よりも飲み込んでいくスピードが速くて、楽しい。
日本語との相性の良さ(英語と違って、日本語と同じく主語・述語の順に話せばいいし)もあって、大人になって始めた学習のなかでは一番楽しい。
韓国に行く機会も増え、通じた瞬間、アウトプットの機会も英語よりは多くて、達成感を積み上げやすい点もよかったのだと思う。
大人になってからの学び直しは、お金がかかりやすい。
独学の楽しさはあるけれど「甘えを許さず強制的に脳に叩き込んで欲しい」といったようなときにはスクールに通うことも選択肢にはいるし、となると格段に学習コストは上がる。
このたび私は長年の”英語コンプレックス”より脱却したく、とあるスクールへの”入信”(と言いたい)を検討しているが、年で150万ほどかかってしまう。私にとっては大きな大きな出費になるけれど、この1年を過ごした後の人生に、あのときの150万によってもたらされたこの人生・第二幕は150万位上の価値がある、と言えるかどうかは、やっぱり自分次第なんだろう・・・。迷い中。